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2006年08月19日

書評『「試み」の政治学−自治体の挑戦』(篠原一、かわさき市民アカデミー、2001)上

 私は、今年から川崎生涯学習財団の理事に就任しました。これは、この財団の初期に深く関わっていた篠原一東大名誉教授の顔が浮かび、断りきれなかったためです。
 篠原先生は丸山真男の門下生で政治学の権威なのだが、私が若いころ政治活動をしていたときから師事していました。学校の研究室へもお伺いしましたが、練馬区のご自宅には何回も訪問し、ご教示を願ったことがあります。また、私が30歳を超えた頃に篠原先生が雑誌『世界』へ寄稿された一文が私を高齢者問題に目を開かせた動機の1つになっています。そこには、リタイアしたシニアこそが「市民」に最も近い存在であり、その地域活動へのエネルギーに注目をするという内容のものでした。
その後、私が岩波書店から『高齢化時代のボランティア』を発刊するとき(1994年)には岩波書店の編集委員会に対しての推薦人になっていただき、事前に原稿に目を通してご意見をいただきました。書名を『高齢者革命』がどうかという案もいただきました。
前置きが長くなりましたが、本書は「かわさき市民アカデミー双書2」として、川崎生涯学習財団から発行(2001年)されているものです。発刊時に篠原先生から贈っていただき、理事就任を引き受けてから読み返してみました。そこでは、じつに重要な問題が提示されています。その内容は基本的なことなのですが、現在、NPOに関わる私からすれば活動の内容について骨太の指針を提示しています。この前に紹介しました正村公宏先生(『経済が社会を破壊する』)の著書と同様に実践の現場にいる者として、たえず振り返らなければならない基本の提示をしています。
 長文になるので、まずは本書での篠原先生の主張を紹介した上で、次回に私の見解をのべます。

●「生涯学習」=第2のスクールの意味
 篠原先生は、公教育を第1のスクールとし、川崎生涯学習財団のような社会教育分野、あるいは生涯学習について第2のスクールと位置づけています。
 第1のスクールが「学生を科学的に管理教育し、社会に役立つ人間を大量につくり出す場」であるのに対して、第2のスクールはつぎのような意味があるといっています。
 第2のスクールは「自己実現」が最大の目標になるということですが、「一言でいえば、われわれ一人一人がそれなりの努力をすることによって自己実現を達成し、それを通じてわれわれの住む市民社会をよりよくしていくことが重要なのであり、近代産業社会の達成のためではなく、市民社会をより人間的にレベル・アップすることを目的としている。」つまり、第1のスクールが近代国家と産業社会のためにあったとすれば、第2のスクールは市民社会のためにある、というのです。
 このような観点から各地の生涯学習が進めば、日本社会はよくなると思います。じつは、このことは生涯学習に直接に携わる人々だけの問題ではありません。私たちが取り組んでいるNPO活動というのは言い換えれば、「市民の実践的な学習の場」ですから、NPOを通じて「どのように市民社会」をつくり出しているのか、ということがわれわれに問いかけられているわけです。
●「市民社会」について
 篠原先生は「市民政治学」の創始者と私は思っていますが、市民社会の基本に舌鋒鋭く切り込んできます。
まず、「国家」と「市民社会」は国家に従属している時期もあるが、異なる概念であり、歴史の進行とともに実態として市民社会は登場してくることになります。社会主義社会は国家が市民社会を従属させた典型例なのですが、その中において市民社会が醸成され、それが国家を転覆していくわけです。付け加えれば、国家の市民社会の息の根を止めた典型例がヒットラーによるファッシズムです。
 こうして政治社会(国家)と経済社会(市場)と市民社会の3つの領域が形成され、「三者は独立しながら、相互に密接な関係をもつようになった」わけです。
篠原先生は、市民社会の発展のために3つの問題提起をしています。
 1つは、「市民社会の深化のためには、自由と平等という理念がバランスよく達成されることが必要であるが、それ以上に大切なものは連帯という理念であろう」と指摘しています。そして、この連帯とは「利益の計算や等量の支援交換という発想にとらわれず、ユニークな個性をもった他者と信頼をもとに共同しようという連帯の思想は、一見道徳主義的に見えるが、近代社会がつくり出した利益やイデオロギーにもとづく結社が次第に融解しつつある今日、新しいネットワークの形成のためにも、いまもっとも求められているものであろう。」
 2つは、国家と市民社会は隔絶された存在ではなく、共通の部分をもっています。この場合、市民社会から国家へのアプローチには自治体への市民参加が不可欠だという点です。
 3つは、市民社会と市場との関係です。「シルバー・ビジネスはおそらく成長産業の1つであろう。しかし企業は利益を極大化する事業であるから、社会的に意味ある仕事も、それで儲かるあてがなければとり扱わない。そこで社会性のある仕事は市民社会のボランティアによって行われるということになりがちである。しかし多くの人が、継続的に、社会的に意味ある仕事を行うためには、一定の報酬を得ながら、つまり一定の経済性をもちながら、同時に社会性のある仕事を行うというシステムがつくられなければならない。これがNPOないし市民事業とよばれるものである。市民社会が市場の浸透に対して防波堤をつくり、さらに経済社会に一定のインパクトを与えるためには、こういう市民社会と市場の交差領域を次第に広げて、市民事業がGNPの二割近くをしめることが必要であろう。」
 以上で篠原先生の見解の紹介を終わり、次回に私の見解を述べます。


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