市民協Fax通信07年7月5日号に、私は次のように書きました。なお、これは毎日新聞の7月6日号に寄稿した原稿とほぼ同じです。(田中尚輝)
コムスンが起こした不祥事について罰せられること、また、介護市場からの撤退は当然のことです。私は前号(6月25日号)の浅川日経新聞記者への反論も含めて、以下のように意見を述べます。なお、ほぼ同じ原稿を毎日新聞7月6日号に掲載しています。
私は、この問題のキーワードは介護保険制度が「準市場」であることの理解不足からきていると思います。介護保険制度は画期的なもので、企業やNPOもサービス事業者としての参入を認め、その競争を促し、よいサービス提供ができるようにしています。これを形式からだけみれば、「自由な市場」に似ています。しかし、保険料と税によって運営されているために、サービス料金を勝手に決めることはできず、報酬の上限が設定されており、その他にもさまざまな規制があります。これを順守しようとすれば十分な利益をあげることは不可能なことなのです。ですから、コムスンのようにこの事業によって自社株の値上げを図り、企業価値を高めるなどというビジネスモデルはあり得ないのであって、それを追求したコムスンは「準市場」を理解していないのです。
また、この準市場の特徴は規模のメリットを発揮できないという特徴ももっています。人件費比率が八割前後にも達する事業において、事業所数をいくら増やしても利益率に反映することはないのです。
それどころか、本社から全国一律の指揮によって、末端の要介護者に満足いくサービス提供ができるかということも疑問です。要介護者が住む地域は千差万別であり、地域事情、たとえば、市民協のようなボランティア団体があるのかどうなのかによってもケアプランが異なってくるはずです。このサービスは地域密着型のものであり、地域の市民の支え合いが不可欠であり、逆にいえば、夜逃げのできないサービスなのです。
ですから、介護保険事業に参入する企業は、お金の計算ばかりではなく、人間を大切にする倫理観が前提になければならないわけです。まともにやっていれば、企業経営者がフェラーリや自家用の飛行機を持てるわけがないのです(グッドウィルグループは他にも事業をやっており、そこからの報酬で買ったなら別の話ですが)。
他方、見落としてはならないのは、「準市場」であることは規制をしている行政の責任があるということです。
現状の介護報酬がきわめて低く抑えられ、主力のサービスを担っている登録ヘルパーの月給が十万円前後、中間管理者の年収が三百万円前後という劣悪な労働条件をどう考えるのか、という「問」を行政側には発しなければならないでしょう。介護報酬を極端に抑えている現状を続ければ「保険あってサービスなし」という制度の崩壊を早晩に迎えることになります。事実、都市においてはヘルパーを募集しても全く応募者がないのです。
行政側は準市場にしている限り、倫理観をもって参入してきた企業・NPO法人や労働者が普通の事業と生活ができるように責任を持たなければならないのです。現状のようなワーキングプア状態を放置していることは、肝心の要介護者を大切にしないということなのです。行政は規制のための権限だけを振りかざしてはならないのではないでしょうか。
そもそも「国民共同連帯の理念」(介護保険法)によってつくられた制度であることを思い起こし、市民は保険料を支払い、かつ、ボランティア活動に参加し、事業者は倫理観を持ち、行政は要介護者を守るためにも事業者が職員に世間並みの給料を出せるようにすることです。
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